日記(料理)

ー日記
 
私にとって、4日間での1人暮らしは実に長く感じた。デリバリーやお取り寄せも満足にできない状況下で、電子ポットでお湯を沸かし、カップ麺をすする自分。なんだか泣けてきた。ご飯は、冷凍庫に保存してあった4パックのものがあったが、たった2日で消費してしまった。耐熱容器を電子レンジにのせ、ご飯を温める工程をすっかり忘れており、危うくボヤを起こしかけたこともある。1日目の夜は、ジャガイモ・玉葱・ウィンナー3つとその他調味料で、ジャガイモのガレットを作った。塩味のスパイスが効いてて、ジャガイモのホクホク感がたまらなかった。
 
1人暮らし、とりわけ社会的自立は、自分の内面の成長を感じ取る機会でもあり、それを実現するためのチャンスでもある。健康保険料も年金も通販サイトでの精算も、全て母親が持っている。私は情けなく感じてしまった。料理の腕はともかく、掃除や洗濯までの家事を1人でこなさなければならないというのに、掃除はおろか洗濯物だって1回限りだ。料理は1人暮らしをするうえで必須となるスキルである。いつもコンビニ弁当やデパ地下で試食めぐりをしているようなサラリーマンには、料理としてのスキルはいつまで経っても身につかず、栄養バランスが偏るだけだ。
 
すき家は特にサラリーマンの掃き溜め的な場所である。会社の休み時間ですき家に駆け寄り、特盛の牛丼にパクついてる姿がちらつかないだろうか。これは極めて不健康な生活であり、仕事と生活のバランスが乱れている状態である。仕事は充実していようが、生活のほうが乱れていては意味がない。いわゆるワークライフバランス(仕事と生活の調和)という理念の下、会社員は仕事にかまけるだけでなく生活面にまで気を配る必要がある。
 
例えば、会社に通い詰めのサラリーマンが突然、栄養失調に陥り、当分の間休職を余儀なくされたとしよう。その間は家で寝たきりの生活となり、場合によってはケアマネや訪問介護を依頼するケースにまで発展するかもしれない。高齢者でもないのに、要介護・要支援状態。なんという情けない話だろうか。乱れた食生活がこのような悲劇を招いた。ならば、この状況を改善するには「食生活を治す」という結論にいきつかないか。
 
多くのサラリーマンは朝のジャンクフードやすき家松屋等のチェーン店で腹を満たす。栄養価たっぷりの家庭料理を知らないまま育ってしまったサラリーマンにありがちな傾向で、料理はおろか買い物までしぶる始末なのだ。通販サイトを開いても、なんとなくメニューが多すぎてめんどくさい。何より手数料もかかるし、購入した具材で料理をしなければならない。その過程を省けるのは、店で食す料理だけなのだ。オーナーや店員が具材の用意から調理まで、全てを請け負ってくれる。いわば他人任せなのだ。安価な定食に惑わされてはいけない。金をケチってもいけない。料理をめんどくさがってもいけない。
 
今日、母親が昼食中に「料理は余った具材を組み合わせて完成させるもの」と言っていて、まさにその通りだなと思った。レシピに書いていない具材でも、組み合わせ次第でいくらでもアレンジが可能だ。調味料さえ切らしてなければ、とりあえずそこにある具材だけで1つの料理は完成できる。数が定まったパズルは、1つでもパーツが不足していると完成には至らないが、料理はそうではない。アレンジの幅を利かして、いくらでも料理が可能なのだ。下手すれば、人参とジャガイモの炒め物だけでも、立派な料理になるかもしれない。1人暮らしをこれから検討される方は、ぜひ余った具材を有効活用してみてほしい。