トールマン

ー概要
 
邦画洋画を問わず、多くの映画が身分違いの恋愛だったり、正義のヒーローが悪を倒して一件落着のように帰結する物語が多い。しかし、中には思わぬ例外も存在しており、正義のヒーローだと思っていたキャラが実は凶悪な殺人犯だったり、アイアムレジェンドのように煮え切らない結末を迎えたまま物語終了…といった映画も多い。その傾向は邦画ではなく、どちらかと言えば洋画に多い気がする。(あくまで経験上)
 
日本の映画は良くも悪くも序盤は当たり障りのない展開が続き、終盤になるにつれ勢いが増していくケースが多いが、洋画の場合予想外の展開に「こういう結末だったんだ!」と視聴者に思わせることを前提として制作している感がすごい。特にサスペンス映画で多く、1度「こういう展開だろうな」と予想していた視聴者の期待を良い意味で裏切る結末が待っており、考察の余地を残しやすい。映画談義に花を咲かせやすいのも、そういうありきたりな結末だけに終わらない深い意図や考察の余地が多く残されているからだ。そういう意味では、あえて結末をはっきりさせない、むしろもやもやする展開で締めくくった方が続編シリーズも作りやすく、制作会社にとっては興行的にもプラスに作用する。今回はその代表的な1つである「トールマン」という映画について語っていきたい。
 
ートールマン
 
トールマンは、日本では比較的マイナーな映画かもしれない。しかし、その知名度に比して内容は奥深く、ホラーサスペンス映画ではあるが裏社会に潜む闇を徹底的に描写することで、視聴者の社会に対する態度や意識変容を促している。なので見る価値は十分にあると言えるだろう。鑑賞後の余韻に浸る感覚は、邦画では味わえないほど長い。妊婦に対する差別、子どもの連続失踪事件、トールマンと呼ばれる奇怪な誘拐犯など、まさにメルヘンの世界とは対極をなす超ダークファンタジーもの。見た後は気分が悪くなる方もいるとか。そういう意味も含めて制作者側の思惑通りなのかもしれない。
 
前置きが長くなったがあらすじを簡単にご紹介する。だが、あらすじはごく簡潔にまとめることを意識したい。というのも、映画は実際に見てなんぼのものだと解釈しているからで、文字による表現では何かと伝わりにくい部分もあるだろう。
 
ーあらすじ
 
ある炭鉱の街「ゴールドロック」が、失業者増加に伴い閉鎖。貧しさを極めた街の人々は、体も心も荒みきっており子どもに対する虐待が後を絶たなかった。そんな折、診療所に勤める1人の正看護師(ジュリア)は、多くの妻が夫に無理やり犯され、望まない出産を余儀なくされる現状に頭を悩ませていた。職業柄望まぬ分娩の立ち合いに心を痛め、さらにこの炭鉱の街では子どもの大量失踪事件が起こっており警察による捜査も難航していた。その誘拐犯を人々は「トールマン」と呼んでいた。しかし、実はこのトールマンの正体はジュリアの夫であり、さらに18人の子どもを攫ったのはジュリア自身であることが終盤に発覚。なぜこんなことをしたのか。警察による事情聴取を受けると、ジュリアの知られざる全貌が明らかになる。
 
この街ゴールドロックでは法律もまともに機能しておらず、仮に今の暮らしを改善するよう政府に請願してもことごとく突っぱねられていた。ジュリアもその1人で、看護師を務めている以上、たくさんの妻による望まぬ分娩に立ち合い、その悲惨な現場を目の当たりにしたジュリアは徐々に子どもを保護したいという気持ちに変化し、トールマンと呼ばれる夫の庇護下で18人の子どもを養っていた。
 
ちなみに映画に登場するジェシーもその1人。ジェシーはトレイシーという心優しい母親と、それに対して正反対のDV父親のもとで暮らしていた。ジュリアはジェシーを暴力的な親の環境から遠ざけ、その後トールマンにより車で大都市圏まで移動させる。貧乏だった炭鉱暮らしから一転、華やかな雰囲気を帯びるようになったジェシーは「ベラ」と名前を変え、裕福な生活を送るようになる。…が、実のところジェシーは母親を捨てて家を飛び出した自分と、裕福な生活を送れるようになった自分との葛藤に揺れ、どっちが正しい選択肢だったのか分からずじまいだった。
 
ジュリアはその後、裁判側の求刑により「死刑」が言い渡された。いくら子どものためとはいえ、18人の子どもが行方不明でありながら黙秘を続け、その中には子どもを攫われて悲しむ親もいたことから、社会的影響の大きさや重大性などを斟酌し、死刑という判決に至った。ジェシーは本当にあれでよかったのか…。まさに煮え切らない結末のまま物語は終了する。
 
ー自己評価
 
自己評価で言えば、とにかくホラーという要素より、望まぬ分娩に悩むジュリアの葛藤やジェシーに与えられた2つの選択肢が作品により厚みを出しているが、とにかく現代社会の本質をついた映画だったように感じる。誰の子かも分からない出産や、強姦による出産で子どもを死産させてしまう母親、それに頭を悩ませる看護師。まさに現代に起こりうる社会の闇を忠実に再現した作品だ。
 
ジェシーは貧しい家庭ながらも母親とは仲が良かった。トールマンにより大都市圏に移動させられたあとは里親のもとに帰りたいという気持ちも少なからずあったと思う。しかし、帰るとDVの父親が待っている…。女を暴力で犯す、という男の醜さ、怖さが特に伝わってきた良作。「子どもを保護したい」という正義感に揺れ、子どもを18人攫ったジュリアの行動は、さまざまな解釈を呼ぶだろう。「子どものためならいいじゃん」などの意見や、逆に「子どもはどんなに辛くても実親のもとで育てる必要がある」といった意見で分かれると思う。皆さんはどちらを取るか?ちなみに私は前者である。