お笑い

ー概要

 

お笑いとは、人に笑いを届ける職業である。それを生業とするのが″お笑い芸人″という存在である。コント・漫才・演芸・リアクションなど、さまざまな形に変えながら今なお廃れることなくお笑いブームは隆盛を極めている。

 

お笑いブームの先駆けとなった「ヨゴレ芸」や「リアクション芸」など、多くのお笑い芸人はそこから着想を得て独自の漫才手法を生み出した。見本となる手法がなければ、今日のお笑いブームはない。そして今はリアクション芸やヨゴレ芸などの漫才は影を潜め、多くのお笑い芸人が新たな漫才を次々と開拓している。

 

まさに第一次お笑い世代から第二次お笑い世代…。そして連綿と続く世代交代を経て、お笑いブームは新たなフェーズへと突入している。それを深く掘り下げたい。

 

ーお笑いのひな形

 

お笑いや漫才、ゲームやアニメ、または映画やドラマなど、エンターテイメント分野の多くは、まず見本となるひな形があって、そこから様々な形へと進化していく。(コミックなら実写化等)

今と昔では、どう違うのか。昭和時代のお笑いでは、規制やコンプライアンスの枠を超えた破天荒ぶりに、当時の観客は色めきたっていた。その代表的な例が、″ゆーとぴあ″である。「ゴムパッチン芸」として一躍有名になり、多くの子どもがそれを真似ていた。

 

しかし、微々たるものながら痛みを伴う漫才だったため、当時のBPOは警鐘を鳴らしていた。しかし、お笑い芸人はそれくらいぶっ飛んでないと、ほとんど観客からもみられない厳しい職業だった。かといって、ゆるっとふわっと系の漫才は刺激が足りないし、逆に過激すぎても笑いを誘えない。極めてシビアな立ち位置だったのだ。

 

だが私はどちらかといえば、後者の漫才スタイルを好むのだが、当時からコンプライアンスに厳しい放送局はゴムパッチン芸を封印してほしいとまで直訴したそうだ。ハードに痛みを伴い、体を張った漫才は不可抗力に応援したくなる魅力があるし、何より面白かった。

 

ところが今はどうだろう。タカアンドトシの「欧米か!」で頭を叩く芸は見てて迫力がないし、昔と比較して「押し出し」に欠けてる気がする。もっとガツガツ系の漫才を私は求めている。

 

例えば、ハリセンチョップで一世を風靡した「チャンバラトリオ」。ハリセンとは扇子状でグリップ部分をガムテープで固定した道具。チョップする面には必ずひだを折り込む必要がある。そうでないと、痛みを吸収できなかったからだ。

 

このチャンバラトリオは、このハリセンを使用したコントで一気に有名になった。ハリセンチョップ!と言って、相手の頭を叩くコントは見てて爽快だったし、体当たりの演技に思わず感動してしまったほどだ。

 

躍動感があり、これぞ漫才!ってものを肌に感じた。昔は良かった論者になってしまうが、まさにその通りかもしれない。

 

ー人気の浮き沈み

 

ひとくちにお笑いといっても、そのジャンルは多岐にわたる。ピンで活動する芸人もいれば、タッグを組む芸人もいる。チャンバラトリオみたいに3人(ほぼ4人の時期が続いたが)の場合もある。

 

しゃべくり漫才のように、あらかじめ決めたお題に沿って2人がトークを進めていく形式もあれば、コントといって架空の設定をもとにストーリーを進めていく形式も存在する。サンドウィッチマンタカアンドトシはどちらもやってるが、陣内智則などのピン芸人は基本的に1人なので漫才はできない。

 

サンドウィッチマンもブレイクするまでは実に多くの苦悩があった。M-1グランプリに1位入賞したときは、あまりの嬉しさに感極まって号泣。出川哲朗やモノマネ芸人のコロッケなども同じで、ブレイクの時期は違えど彼らもお笑いスタ誕というオーディション番組で旗揚げした。

 

お笑いというのは、どうしても数をこなすほど披露できるネタも限られてくる。いつも決まったようなネタしか披露できなければ、その時点でとっくに干されている。常に新しいネタ、新ジャンル、新規軸へ挑戦することで、見る側をずーっと楽しませる。それがお笑いの醍醐味ってものだ。

 

そのためには進化を止めず、常にネタをアップデートしていく必要がある。いわばゲームのようなもの。ゲームもアプデ更新のたびに興奮するのは、新しい機能や仕様変更への期待が膨らむからである。お笑いも今回はどんなネタを披露してくれるのかな…と見る側の夢と可能性と期待を広げ、絶えずアップデートを重ねることでその輝きを放ち始める。

 

お笑い芸人にとってもっとも大事なのは、常に進化を止めない挑戦的な態度である。今の漫才に甘えて同じようなネタを披露してばかりでは、いつか絶対に廃れる。だからこそ今のお笑い芸人には進化を止めないパワフルな漫才を見せつけてほしい。